【家の整理】をしながら、昔のノートとか、自分が書いていたことを見ながら、自分を振り返っておりました。
ブログでシェアする必要があるかわかりませんが、興味があれば、私のダンスと人生の流れを読んでみてください。
(白井真優Facebookより)
私は、2017年にニューヨークでのダンス留学を終えて日本に帰国しました。
その当時は日本がすごく窮屈に思え、ニューヨークの尖った状態で帰ってきたので、なかなか日本人とどう対話するのかがわからなかった。
そこからニューヨークに戻りたくてあがいていた数年。何人かまだ学びたい先生がNYにいたり、行きたい練習会があったので、お金を貯めてはニューヨークに観光ビザでいる生活を続けてました。
2020年にやっと、ここだ!というニューヨークの場所に巡り会え、そこに行く準備を淡々と進めてた矢先に始まったパンデミック。。行き先は大学院だったので、TOEFLを備え、奨学金に応募して、ステイ先を探してという感じだったけども、みるみる変わっていく世界に、あー、こっちじゃない。なんとなく、わたしがなぜこんなにアメリカばかり見ていたのか、わからなくなりました。
日本での指導、ダンス活動に集中しました。
(Facebookにはここまで乗っけたので、続きは以下)
それはそれでとても楽しかったし、いろんな人に出会えて、企画して、ほんの少しでも、私の考えや、踊りに賛同してくれる人も現れて、活動はヒートアップしていきました。
でも、日本で少し流れに乗ると毎日何本かのレッスンをこなすことになる。売れなきゃクビになるし(何件かはクビになったことも、、😅)、売れる為に需要に合わせていくことも大切。日本のダンス教室の給料は低く、どうやって自分のリサーチをするんだろう。みんなどうやって生活できるのか、わからない。
そして、基本的にわたしがやりたい、創作ダンス、インプロビゼーション系はボランティアレベルの対価がほとんど。。
理由は、みんな知らないし、人が集まらないから。
公共のイベントでの発表会(無料)2本を終えて、自分の財布を見た時に、四百円しか入ってなく、ソフトドリンクしか頼めなかった時に、あー、このままじゃいけない!と実感しました。
その時に気づいたんです、、あれ?私、日本に何しに帰ってきたんだっけ?
もともと、ニューヨークで勉強したことを、整理してアウトプットする為に帰ってきたのだと、気づいた。
そして、うん。もうしばらくはアウトプットをしてきたし、私の本当の夢であった。もっと、人がイキイキ自分から動き出す、指導と作品制作のプロジェクト
すべきやん!と。
その時に、ヨーロッパを見てみたい!もっと自分を発揮したりする場所があるのじゃないか?
その時、わたしはヨーロッパの演出家や、振付師に惹かれていたのもあり、よし、ヨーロッパ見に行って、私は日本を出るべきなのか、考えたい!とおもいました。
出た理由は、パンデミックや、今の世界状況などを得て、同い年くらいの若者たちはいったいこれからの世界をどう見ているのかも知りたかったから。
続きは「家の整理2」へ、そこではヨーロッパから留学までの経緯です。